Share

第十四話 先制攻撃

last update Last Updated: 2025-07-12 06:18:16

第十四話   先制攻撃

「お前、何を言っているんだい?」 采が驚いている。

「いえ、なんとなく言っただけですが……すみません」 梅乃は、しきりに謝っていた。

 采は無言で、そろばん弾きをしていた。

「んっ? これは……」

 (これは正解かもしれないね……あの子、なんていう事を言いだしたんだ……)

 その後、三原屋は薬屋を呼んでいた。

 「この人数をですね……かしこまりました」 薬屋は頭を下げて、見世を後にしていった。

 「ま、まさかお婆……」 梅乃は驚き、采の元へ歩み寄った。

 「お前が言ったんじゃないか……」 采はキセルに火をつけた。

 梅乃は、こんな事態になると思わなかったが、これは良い機会だと思った。

 (これ以上、姐さんたちと離れたくないから……) 梅乃に冷たくあたる妓女もいるが、大体の妓女は優しかった。 これは玉芳の功績でもあった。

 そんな時、采は梅乃と小夜に役割を与えていく。

「……はい」 梅乃と小夜は頷いた。

それから梅乃と小夜は妓女に付き、お世話をしていく。

そしてメモをする。 字の練習にもなるし、作法や着付けの勉強にもなった。

「これです……」 梅乃と小夜は、メモを采に渡した。

「汚い字だね……もっと、しっかり書きな!」 そう注意されることも多いが、このメモは役にたっていった。

このメモから一週間、これが役に立った。

着替えを手伝うこと一週間、梅乃と小夜は妓女の身体を見ていた。

“梅毒の症状が、身体に出ているかのチェックである ”

普段は衣服を着ていて見えない部分を、着替えの手伝いをしている二人には無防備に見せてしまうからである。

そして

「お待たせしました。 お薬です」 薬屋に頼んでいたのは梅毒の薬であった。

采は、妓女の全員に梅毒の薬を飲ませた。

現代であれば、症状の無い者や感染していない者に飲ませるのは異常なことである。

副作用もあり、逆に体に異変があっても困るからだ。

ただ、吉原では大問題であり、三原屋でも存続の危機でもある。

妓女たちは黙って受け入れ、薬を飲んでいた。

薬を飲み続けて一か月、梅毒の痕跡《こんせき》があった妓女からも跡が消えだしていた。

そして、薬による副作用も妓女たちからの訴えも無かった。

実質、医者に診せるより金が高くなってしまったが、命の問題や梅毒で妓女を失わずに済んだと思えば安く済んだと思うようにしていた。

「お前たちのおかげだよ」 文衛門と采は、頭を撫でてきた。

(よかった) 梅乃は単純に嬉しかった。

その様子を、文衛門と采は見ていた。

その後、三原屋では薬の処方を武器にしていた。

『梅毒の薬を妓女に処方しており、安心して遊べます』 と、良いアピールであった。

そして、この安心感から三原屋の人気は さらに増えていく。

たくさんの客が押し寄せる為、薬でどうにかなる……というレベルの話しではなくなっていたが、人気になって安心していた。

「姐さん、失礼しんす……」 梅乃が勝来の部屋に入ると、

「お前、たいしたものだよ」 勝来は、笑顔で梅乃を讃えていた。

「いえ……」 梅乃は照れている。

「この見世の数十人の命を救ったんだ。 私は嬉しいよ」

勝来の言葉に、横にいた菖蒲も頷いていた。

この先制攻撃に、三原屋は活気づいていった。

そして噂は広まり、各見世も導入していくことになるのだった。

結果、梅乃の奇策は三原屋の数十人の命だけでなく、他の見世の妓女や客の命まで救うことになっていく。

流石に、禿の提案とは噂にならなかったが、梅乃は陰のヒーローとなっていた。

数日後、鳳仙楼の主人と花魁の鳳仙が三原屋にやってきた。

「噂で聞きましてね~ 誰が提案したのです?」 鳳仙楼の主人が、文衛門に聞いていた。

「実は、あそこの禿の梅乃が言い出しまして……」 文衛門が答えた。

(梅乃が……?) 鳳仙の目が梅乃に向いた。

鳳仙楼の主人は、薬屋を紹介してもらい先に帰っていくと

「梅乃……」 鳳仙が梅乃を呼んだ。

「なんでしょう? 鳳仙花魁」 

「なぁに……今回は吉原を救ってくれて、本当にありがとう」 鳳仙は綺麗な姿勢で梅乃に頭を下げた。

それを見ていた三原屋の妓女が驚いていた。

当然ながら梅乃も呆気に取られていた。

「あの……鳳仙花魁」 

「この世界に長居すると、商売しか見なくなるもんでね……こんな可能性すら見えていなかったよ。 本当に、お前には感謝しているよ」

そう言って、鳳仙も帰っていった。

あの気高き花魁が、他の見世の禿に頭をさげる姿勢に全員が驚いていた。

そこに采が大部屋にやってきた。

「お前たち、あの鳳仙が梅乃に頭を下げる意味が分かるかい?」

采が話し出すと、妓女たちは静かになった。

「今では、鳳仙が吉原で一番の妓女さ。 なぜに一番になれるか分かるかい? それは人としての姿勢さ。 この姿勢こそが人を繋ぐのさ。 だから売れる妓女なんだよ」 采は周囲を見渡しながら言った。

これは、少しばかり売れて胡坐《あぐら》をかいているようじゃ、すぐに落ちていくと言う戒《いまし》めでもあった。

幼いなりに梅乃も理解していた。

この話しは永遠に忘れまいと胸に仕舞い込むのであった。

翌日、梅乃と小夜は長屋に来ていた。

「安子姐さん、体調はどうです?」 小夜は、安子の身体を拭きながら話している。

「うん。 まずまずかな……」 安子は発症したばかりで、寝込むほどではなかったが、身体の発疹《ほっしん》の範囲が大きくなっていた。

「しっかり休んでください……」 小夜は、安子が安心できるように最善の言葉を掛けていた。

そして、三原屋では新たな感染者の報告は出なくなった。

「梅乃、小夜、しっかり見てくれな」 采は気を緩めることなく、梅乃たちに監視のような役目を継続させていた。

(なんか、姐さんたちが罪人みたいだな……)

そんな気がしてきた梅乃である。

そして吉原でも、一旦は落ち着いていた梅毒の猛威が再び押し寄せてくる。

これは客だけのせいではなかった。

幕府が倒れ、明治に入ってから急速な国際交流により病気も様々な形でやってきていたのだ。

(ここ最近、異人《いじん》をよく見るな……) 梅乃や小夜も、吉原でチラホラと外国人を見かけるようになっていった。

これは貿易の商談として、吉原で接待をするようになっていたからである。

これこそが病気を加速させている原因のひとつだ。

しかし、客を選んでいる場合ではない見世や妓女は黙って受け入れるしかなかったのだ。

ある時、一人の医者が現れた。

小夜が買い物を言い渡されていた時のこと……

小夜は食材などを買いに来て、大量の品物を抱えていた。

「こんなに沢山の買い物で、全部持てるかい?」

小夜の心配をしていた店の主人に

「大丈夫です」 そう言って小夜は店を出て、仲の町を歩いていた。

しかし、人通りの多い仲の町でヨロヨロと大荷物を担いでいた小夜は、人とぶつかり倒れてしまった。

「―うっ」 荷物は散乱し、小夜は頭を押さえたまま動けなくなっていた。

「大丈夫かい?」 そんな言葉は出るが、ここは吉原である。

女性を買いたがる男衆《おとこしゅう》は、先を急ぐ者ばかりだ。 倒れている小娘を心配する者はいなかった。

そこに、中年の男性が現れ

「お嬢さん、大丈夫かい?」 そう言って小夜を抱きかかえた。

「―すみません。 ありがとうございます……」 小夜はお礼を言った瞬間に、ガクッと気を失ってしまった。

男性は小夜を抱えたまま叫んだ。

「すみません。 この子、どこの子か知らないですか?」  

男性は何度も叫んだ。

すると、ある男性が出てきて、

「この子……三原屋の禿じゃないか?」 男性が言うと

「それは、何処の見世でしょう?」 助けた男性が聞くと、場所を教えてもらった。

「あの~ すみません……」 小夜を抱えた男性は、三原屋の入口で声を出した。

「はい、なんでしょう?」 これに対応したのは片山である。

「はい、えっ? 小夜?」 片山が驚いていた。

「そこの大通りで倒れていまして、周りの人に聞いて連れてきました」 小夜を助けた男性が経緯を説明していた。

「ありがとうございました。 こちらへ……」 片山は、男性を応接間に案内し、文衛門を呼んだ。

「あの……親切にして頂き、ありがとうございました」 文衛門は感謝の言葉を言う。

「いえ……それに、特に外傷もなくて良かったです」 男性は言った。

「もしかして、お医者様で?」 

「はい。 医者なのですが、診療所も持たずに放浪《ほうろう》していまして……」 男性は恥ずかしそうに言った。

「あの……お名前は?」 文衛門は、医者で診療所を持っていないことに不思議を感じていた。

「赤岩《あかいわ》 と言います」

「そうですか……よかったら、ウチで働きませんか?」 文衛門は、唐突《とうとつ》に言い出した。

「えっ?」 赤岩は驚いていた。

「この吉原は、病気と背中合わせの場所です。 もし、梅毒などに詳しいようでしたら診ていただきたいのです」 文衛門は、初対面の赤岩に頭を下げた。

「……わかりました。 お部屋をお借りしても?」

「もちろんです。 こちらへ」 文衛門は、一階にある小さな部屋を赤岩に与えたのだった。

赤岩が小さな部屋に医術の器具を並べていると、

「まず、小夜を診てもらえますか?」 文衛門は、赤岩の部屋に小夜を運んできた。

そして、赤岩の診たてで、小夜は脳震盪《のうしんとう》と判断した。

「しばらくは、そっとしておいてください」 そう言って、小夜を休ませる。

後日、長屋での診察が始まった。

妓女が安心して働けるよう、先に医療を導入した三原屋の噂は広まっていくのであった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • ありんすっ‼ ~吉原、華の狂騒曲~   第二十一話 虚舟

    第二十一話    虚舟《うつろぶね》梅乃は、気になっていた三人組の男性の近くまで距離を縮める。そして、気づかれないように地面に、お絵描きをしながら近寄っていった。そして声が聞こえる場所までくると、絵を描きながら聞き耳を立てていると(あの人、見た事あるな……) 梅乃は、“ある人 ”が気になっていた。そこに見えたのは、男性がお金を渡している姿だった。(あら……見ちゃった~) 梅乃は気まずさから、絵を描きながら男たちから離れていった。そして、梅乃が三原屋に戻り「ねぇ、お婆……私、見ちゃった」 梅乃は采に、先程の事を話すと「お前、大変なものを見ちまったね……誰にも言うんじゃないよ」采が釘を刺す。夜中、酒宴の最中に梅乃は寝る時間になり、大部屋で横になっていたが(なんか落ち着かないな……) 昼間の事もあり、落ち着かない梅乃は三時くらいに小用で起きた。(お漏らししたら、お婆に外に吊るされちゃう……) そうして用を足した後、梅乃は妓楼の屋根に上った。「星が綺麗だな……」 そう言って、先日に習った舞踏《ぶとう》の真似事をしていた。その時である「あれ? 大きなお茶碗?」 梅乃は目を擦《こす》り、何度も見直していた。お歯黒ドブに浮かぶ、大きな茶碗のような丸い物が見えたが「まぁ、いいか……」 梅乃は布団の中へ戻っていった。翌日の朝、吉原に人だかりが出来ている。梅乃は興味本位で、その中に紛れていった。そして、話題となっている方向を見ると、そこには夜中に見た大きな茶碗がお歯黒ドブに浮いていた。そして、頭を抱えている男性が河岸見世の前に立っているのに気づく。「あの……どうしたのですか?」 梅乃は、見知らぬ妓女に話しかける。「なんだい、アンタ……禿か? ここ最近、変な事が起きるんだよ」 妓女は、こう漏らしていた。「足抜なのかね~? これじゃ見張りも厳しくて商売にも影響しちゃうよ」妓女は困った顔をしている。そして頭を抱えている男性に近づいていくと、「また足抜だよ……」 頭を抱えていた男性は、妓楼の主人だった。梅乃は、さらに聞き耳を立てていく。(みんな朝に気づく……? そうか、私は夜中に起きたから見えたけど、普通は寝ているものだ) 「おじちゃん……お団子食べたい……」 梅乃は、頭を抱えていた男性に話しかける。「なんだい? どこの禿だい?

  • ありんすっ‼ ~吉原、華の狂騒曲~   第二十話 新しい禿

    第二十話    新しい禿「……」「へっ?」 梅乃と小夜は驚いていた。「何、ボーっとしているんだい! 部屋割りと仕事を教えてやるんだよ」采は梅乃たちに言っていた。「は、はい―」 三原屋は、新しい禿を迎えいれることになったのである。(先日の客は、この事だったのか……) 梅乃は思い出していた。時を戻して三十分前、「梅乃、小夜、新しい禿になる古峰《こみね》だ。 しっかり教えてやりな」 采の言葉だった。そして古峰は 「……」 無言だった。(この娘は……声が出せないのかな? たまに吉原では変わった人はいるけど……) 「こんにちは。 私は梅乃、よろしくね♪」 梅乃は、『最初が肝心《かんじん》』とばかりに元気よく自己紹介をする。しかし、古峰は  “プイッ ” と、横を向いてしまった。(はぁ? 可愛く無いヤツだな……) 梅乃が目を丸くすると、「梅乃~ そんな元気の押し売りみたいな真似じゃ、驚くよ~ 優しくよ♪」「こんにちは。 私は小夜だよ。 よろしくね~♪」 小夜の持ち味の、ほんわかした声を古峰に掛けたが……“プイッ ” また横を向いていた。「―プッ」 梅乃は吹き出してしまった。「なんなのよ~ そんなんじゃ、モテないからね~」 温和な小夜が叫んでしまうほどであった。そして一時間後、「梅乃、小夜、古峰を連れて買い物に行ってきな」 采はメモを梅乃に渡す。「じゃ、古峰。 行こう」 梅乃が声を掛けると「……」 古峰は返事をしなかった。(コイツ、殴ってもいいかな……?) 梅乃がイライラし始める。そして仲の町を歩いていると「梅乃~ 小夜~」 鳳仙楼の禿、絢が声を掛けてきた。「絢~」 梅乃と小夜は、小さく手を振る。「久しぶり~って、新しい禿?」 絢はヒョコッと、古峰を見る。「……」 古峰は挨拶をしなかった。「随分と面白いのが入ってきたね~」 絢は顔をヒクヒクさせて言うと「でしょ。 私たちも苦戦中《くせんちゅう》よ」 梅乃が呆れたように言う。「はははっ……じゃ、頑張ってね~」 絢は、そそくさと去っていった。そして、買い物をする茶屋の千堂屋に着く。「おっ、梅乃ちゃん、小夜ちゃん こんにちは」「こんにちは。 今日はコレをお願いします」 梅乃は、メモを千堂屋の主人に渡した。すると、 「梅乃ちゃん、小夜ちゃん、こんにちは。 こちらは新し

  • ありんすっ‼ ~吉原、華の狂騒曲~   第十九話 花の蜜

    第十九話    花の蜜 「ごめんください……」 昼見世が終わりの時間、一人の来客が現れた。「はーい」 小夜が対応する。そこには二十歳くらいの女性が立っていて「私、引手茶屋の千堂屋《せんどうや》で働いています野菊《のぎく》といいます」「はい……」 小夜は不自然な事に戸惑っていた。「良かったら、此処《ここ》で働けないでしょうか?」 野菊の言葉に、小夜は驚く。「少々、お待ちください」 小夜は、采の元へ向かい説明をしていた。そして、 「なんだい? いきなりどうしたんだい?」 采も驚き、野菊に聞くと「あの……茶屋から、接客を勉強しろと言われまして、働きながら勉強できる所を探していまして……」 と、野菊は説明するが、采は困っている。「まぁ、話した事は解るが……ここで働くのは女郎だよ? アンタ、出来るのかい?」「やった事はありませんが、お願いします」 野菊は何度も頭を下げる。そして、細かい説明をした采は悩んでいた。「う~ん……」 「どうしたんだい?」 采に話しかけてきたのは文衛門であった。「お前さん……」 そして、采は文衛門に野菊の事を説明すると「なんだって? 千堂屋が? ちょっと行ってくる」 文衛門は、慌てて千堂屋に向かった。そして、文衛門は千堂屋で店主と話していた。「それって……本気かい?」 文衛門は驚いている。どうやら野菊は、千堂屋の店主の娘だと言う。千堂屋は引手茶屋である。三原屋などの大見世は、千堂屋からの紹介で来る客も多い。 そんな得意先の茶屋ではあるが、「本気かい? なんで娘を女郎にするんだい?」 文衛門は、興奮気味に話していた。引手茶屋の店主は、本気のようだ。話しを聞いた文衛門は、野菊を預かることになってしまった。「お前さん、本気かい?」 当然ながら、受け入れをした文衛門に采は、驚きと怒りさえ混じった声で叫んでいる。「あぁ、仕方ない……あの親父も、「働かせるなら評判の良い所に……」 なんて言うものだから……」文衛門が肩を落としながら話していると、「まぁ、なっちまったもんは仕方ない。 野菊、菖蒲に付いて勉強だよ」采は野菊に指示をし、一緒に菖蒲の部屋に向かった。そして、菖蒲に説明をすると「えっ? お婆……本気?」 当然ながら、菖蒲は唖然《あぜん》としていた。「よろしゅう、お頼み申しんす……」 野菊は三

  • ありんすっ‼ ~吉原、華の狂騒曲~   第十八話 春に舞う乙女たち

    第十八話   春に舞う乙女たち 正月が過ぎ、厳しい寒さを抜けて春がやってきた。 この春を境に梅乃と小夜は十一歳となる。 誰も二人の誕生日を知らない訳で、春に拾った子だからと言うことらしい。 明治初期、少しずつ江戸の名残が薄くなっていった。 世間では、奉行から警察と呼ばれるようになり姿も変えている。  「梅乃~」 声を掛けてきたのは花緒である。 「花緒姐さん、おはようございます」 見世の前に出ていた梅乃を追いかけるように花緒も外に出てくる。花緒は、以前に勤めていた近藤屋から買い取った妓女である。四人の妓女が三原屋に来たが、花緒だけが梅乃と よく話す仲であった。他の妓女より端正な顔立ちで、可愛いより綺麗タイプの妓女である。「梅乃~ 昼見世の時間、外から見て目立つように助言を貰えないだろうか……」 珍しく花緒がアドバイスを求めてきた。「あの……私、男でもないし、妓女でもありませんが……」 梅乃が困っていると、 「梅乃って、見る目あるじゃない。 少しだけでいいから~」  (花緒姐さんって、美人だけど話すと子供っぽいんだよな~ だから、なんか断りにくいんだよな~) 梅乃は困りながらも「わかりました。 後で怒らないでくださいね……」 梅乃は、念を押して承諾《しょうだく》する。そして梅乃は、花緒が目立つように張り部屋を見ていた。(こうして見ると、花緒姐さんは地味なのか?)梅乃から見た花緒は、綺麗ではあるが不思議に目立たなさを感じている。 「花緒姐さん、なんとなくですが分かります……」  「何? どんな?」 花緒が食いついてくると 「それは、華《はな》です」 「華?」「はい。 花緒姐さんは顔立ちが良いのですが、なんとなく華やかさと言うか…… もったいないと思ってしまいました」「ふむ……」「すみません。 頭にきたなら叩いて結構ですので……」 梅乃が頭を差し出す。「しないわよ! 私から頼んでおいて、出来ないわよ」 花緒は、慌てて両手を振っていた。「でも、どうしたら華やかさが出るんだろう……」「少し、外に出てみませんか?」 梅乃は花緒を外に誘って、仲の町を歩いてみた。 「ねぇ、仲の町を? どうして?」 花緒は、落ち着かない様子で梅乃の後ろを歩いていく。 「姐さんたちは昼見世の後は芸子の練習をしたりで、あまり外を歩かないじゃ

  • ありんすっ‼ ~吉原、華の狂騒曲~   第十七話 年の瀬の騒ぎ

    第十七話   年の瀬の騒ぎ「おはようございます」 梅乃と小夜は、早起きをして吉原を散歩していた。妓女たちは、朝の六時に客を見送る『後朝の別れ』を済ませてから寝床に入り、十時くらいまで仮眠に入る。梅乃と小夜は、子供なので夜の九時には寝ている。 朝の六時には起きて、妓女の見送りには息を潜めて邪魔をしないようにしているのだ。『後朝の別れ』が済むと、梅乃と小夜が慌てて小用に向かう。その後、時間潰しに吉原の中を散歩するのが日課だった。「もう寒いね……」「うん、早く帰ろう」 そう言って、急いで妓楼に戻る。「おはようございます。 潤さん」 梅乃と小夜は、毎朝 見世の前を掃除する片山に挨拶をする。そして、しばらくすると「梅乃……私、お腹が痛い」 小夜が言い出した。「お婆~ 小夜、お腹が痛いみたい」 梅乃が采に話すと「赤岩先生に診《み》てもらいな」 采は親指で赤岩の部屋をさした。赤岩は三原屋に住ませてもらう代わりに、全員の診察をしているのである。「ふむ……ちょっと早い気がするが……」「なんだい?」 采が聞く。「おそらく馬かと……」 馬とは、生理の言い方である。 月のもの、血の道 などと呼んだりもする。「へ~ じゃ、初馬《はつうま》かい!」 采は喜んでいた。そして、采は腹帯《はらおび》を改良して小夜の下腹部に付けた。この月経帯を新馬《しんうま》と呼んでいた。 馬の帯に似ているからとのことらしい。「小夜……大丈夫?」 梅乃は、まだ生理を知らず、痛がっている小夜を心配していると「大丈夫も何も、お前もじきに来るよ。 心配するな」 采は、そう言ったが梅乃は心配であった。翌日、小夜に出血が見られた。そして一階の大部屋では 「おめでとう~」 なんて言葉が飛び交い大部屋には、勝来や菖蒲も来ていた。(なぜ、おめでとう……なのか?) 首を傾げる梅乃と小夜であった。翌日から小夜はお休みとなった。采が『初めてだから』と言って休ませるとは、 じつに優しいお婆である。そうなると、お鉢《はち》は当然 梅乃に回ってくるのだ。「梅乃~髪結い」 「梅乃~服を押さえて~」 と、仕事が増えてきた。(クタクタだ~) 梅乃は疲れていた。そこに小夜がやってきて、「ごめんね 梅乃~」 小夜は、申し訳ない顔をしていた。「大丈夫だよ」 梅乃は、そう言って手をニギニギ

  • ありんすっ‼ ~吉原、華の狂騒曲~   第十六話 足抜

    第十六話   足抜《あしぬけ》秋から冬へと向かう頃、寒さも一段と増してきていた。「梅乃、ちょっと来な」 見世の中から采が呼ぶ。「はい。 なんでしょうか?」 梅乃は、采の元に行くと「ちょっと、噂《うわさ》を拾ってきてくれないかい?」 噂を拾うとは、“吉原の中で噂を聞いてこい ” と言うことだ。大体は引手茶屋に行き、馴染みの主《あるじ》であれば噂や情報を提供してもらえるが、ここ最近では聞かなくなっていたようだ。「ウチの評判も気になるしね。 吉原細見の他にも情報がないかと思ってね~」 「わかりました」 梅乃は仲の町を歩き、聞き耳を立てていた。(確かに、子供になら口が滑ることもあるだろう……) 子供ながら、梅乃はしっかりしていた。『ヒソヒソ……』 やはり、色んな場所で、色んな事を話している人はいるものだ。その中で、気になる人たちが目に入る。そこには男性が三人いて、小さい声で話していた。そしてお歯黒ドブを指さしていたのだ。(なんかあるのか?) 梅乃はお歯黒ドブに近づき、垣根《かきね》の隙間《すきま》から外を見てみる。「なにも変わらないけどな……何かあるのかな?」 今まで気にしていなかった梅乃は、マジマジと外を見ていると「吉原の外って言っても、変わらないかな~」 そんな程度の感想だった。そして翌日、朝から梅乃はお歯黒ドブの方を見にくるとそこには怒りを露《あら》わにしている男性がいる。梅乃は、そっと近づいていく。そこから聞こえてきたのは「また足抜《あしぬけ》か……これで何件になるやら……」 そんな言葉だった。足抜とは、脱走のことである。妓女は借金を抱え、過酷《かこく》な労働《ろうどう》環境《かんきょう》の中で働かなくてはならない。そして年季が明けるまでは吉原から出る事が許されないのである。妓女が吉原から出られる方法は二つ。身請けをされて、身請け人が借金を払うのがひとつ。もう一つは、死ぬことである。病気が重く、死ぬ間際になれば実家に帰らされることはあるが、だいたいは命を落とすケースが多い。借金を抱え、身請けが出来ない妓女は吉原から出る事が出来ないのである。吉原の出入り口は一つしかない。 大門である。その大門には四郎《しろ》兵衛《べえ》会所《かいしょ》というのがある。そこには足抜をしないか見張りをする者がいる。男性は

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status